自分に
自分に思う。
自分が、何に気持ちが思うか。
自分としては、何に揺さぶられる心を持ち続けられるか、
それを、自分が何時も考えているか、
どう言う事に、感激と感動を何時も思っているか、
其れを、思い描けているか、
ふと寂しさの中で、
気付かされて、ハッと、思う。
今現在、仕事で思う、
患者食の仕事で、ミキサー、キザミ、オオキザミで、
料理の材料をするが、
自分が、伊倉町で、
30年間という歳月で、魚介料理をもてなしていったが、
ミキサー等カッターを使うフードミキサー等を
何故使い演出する夢の楽しみ方を、
御客に接待してやらなかった事を今も思う。
ただ、材料の魚介類が隣町の安岡の漁師町に甘え、
そこの漁師が獲れる活物のアコウ、クエ、車エビ、舌ビラメ、
アマテカレイ、ヒラメ、銀メバル、クチジロ、石垣鯛、真鯛、
金目鯛、スズキ、水イカ、黒アワビ、赤ウニ、サザエ、
吉見沖合での絶品の真蛸等を余り手を加えず御客に出していた頃を想い、
ふと感じた。
関門海峡で獲れる一本釣りのカラコ、苅田等の市場での入荷の
一粒生牡蠣のブランド品、小倉のブランド牛の小倉牛の肉🐂を、
それに、関門海峡の出口付近で獲れる絶品のオニオコゼ、筍メバル、
それに甘えて、工夫がと思って、止まない。
東京の八芳園に勤務の時も、よく休みには、
京都に行って、一年に一回ある、
料理の展示会に行っては感激していた。
料理には無限大の奥深さがあり、
とても、長いものが感じた気がした。
今は、一の俣で患者食の仕事で、
毎日が大変でふと、休みにそう思う自分ではあった。
今現在は別のプランが進行中でもある。
キリがない。
まあ仕方ない自分であった。
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